それだけの朝







堀田を見ているといくつか思うことがあるのだけれども、いつもそれはうまく言葉にならない。
例えば出番がないまま終わった負け試合の後の横顔や、若手にしてやられた日、解散後に自主練をしている背中に、何か言いたいことがあるような気がする。けれどもそれは明確な言葉にはならずに、石神の頭からすべり出ていってしまう。
今だってそうだ、昨日の夜、石神の好きなように抱かれた堀田は、疲れきった顔をしてすぐ隣りで眠っている。石神が散々歯を立てた首元や鎖骨の辺りには赤い痕が散らばっていて痛々しい。嫌がらないから調子に乗った。なんて、石神はいつも堀田のせいにする準備ができている。
早朝の白っぽくて弱々しい光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。その頼りなさは、自分の前に立ったときの堀田を思わせた。
いつからそうなったのか、なぜそうなのか、石神は知らない。けれども何でも真面目に受け止めてしまう堀田と、適当に受け流す石神の性格の違いの皺寄せを、全部彼が背負ってしまっているのかもしれない。苦労をかけているなあ、とは思っても、それで態度を改めようなどとは思わない。それが石神達雄という人間で、嫌なら一緒にいなければいいというだけの話だからだ。
堀田は寝相がいい。きちんと仰向けになって眠っているのが、なんだかベッドの広告に載っている『理想の寝方』とかそういうのみたいで可笑しい。規則正しい寝息を聞いていると、こちらの気分も穏やかになった。
薄く開いた唇に触ってまる。しっかりとした顎のわりに堀田の口は小さい。セックスのときにはそれをめいっぱいに開いて、石神のものを愛玩する。かわいらしくていとおしい。おしゃぶり上手な堀田くん、とからかうと、頬を赤らめて俯いて、でも否定はしない。
愛しているかと聞かれたら、わからないと答えるしかない。堀田はきっと、同じ質問をされたなら、愛していると答えるだろう。それでも堀田は自分から離れない。そう確信する裏側には、何か言葉にならない想いがあって、それを言葉にしてみたくて、石神は頭を巡らせた。手遊びに、堀田の唇を弄びながら。
はじめは指で軽く触れる程度だったのに、徐々にエスカレートして、気が付くとつまんだり、引っ張ってねじったりしていた。それで堀田の息が乱れたので、しまった、起こしたかと後悔した。
「ガミ……さん?」
「あーあー、堀田くん、寝てていいから」
「そんなこと言われてももつ目が覚めちゃいましたよ」
堀田は目を開いて、自分の顔のパーツをおもちゃにしている石神を見上げた。まだまぶたが重くとほんとした、ねむたそうな顔をしている。
「いいから。ほら、子守唄うたってあげるから」
仕方なさそうに堀田は目を閉じる。それを見て、石神はちいさく咳払いして子守唄のメロディを思い起こした。
ねーんねーんー、ころーりーよー、と調子っぱずれにうたい始めると、堀田は途端に噴き出した。
「なんだよ、いい子にしてなよ」
「だって、ガミさん……」
笑いをかみ殺しきれない堀田が、寝返りを打ってうつ伏せになる。それでもやっぱり笑っている。構わずに石神は続けることにした。
ぼーうやーはー、よいーこーだー、ねんーねーしーなー。
うたいながら、堀田の髪を撫でてみる。昨日風呂に入ったあとからくったりしているそれは、見た目よりもやわらかくて手触りがいい。
歌詞は二番までしか覚えていなくて、坊やのお守りが里へ行ったあとどうなったのか、石神にはわからない。そこで子守唄はやめてしまったけれども、髪を撫でる手はそのままだった。
「なんか、変なかんじです」
「なにが?」
「こういうふうに、ガミさんにさわられるの」
堀田はうつ伏せたままだから、どんな顔をしているなかわからなかって。でも、くぐもった声の調子から、きっと照れて恥ずかしがっているのだと思った。
「いっつも俺、堀田くんにさわりまくりだよ?」
「でも、なんか、なんていうか、ちがいます……」
それから結局、堀田はすぐに起きてしまって、朝食は堀田が焼いたホットケーキを食べた。簡単そうに生地をひっくりかえす堀田の手元を見ているのは楽しかった。
朝食のあと、石神はソファに寝そべって、片付けをする堀田を眺めていた。そのうちに、ふと気が付く。
堀田についていつも感じる違和感、それはなぜ彼がもっと自分を大切にしないのだろうということだ。なぜ、堀田だけが自分を愛しているようなら、愛してと訴えないのか。なぜ、自分だけが我慢して、ささやかな負担を全部受け入れて、なんでもしてくれるのか。
でも、それは要するに、堀田ではなく自分が、自分こそが、照れ屋の彼を大切にしてやればいいというだけのことだ。ただそれだけのことだ。
妙に府に落ちて、心に決めて、石神は堀田を見つめた。彼は何も知らない顔で、真っ白いふきんでフライパンを拭いている。ただそれだけの朝だ。








2011/2/21
2011/4/24の浅草トライアンフ2にて無料配布したペーパーより。