純愛ベルトコンベア
村越の出場しなかった試合のあとで、村越の家には、なにも言ってないのにジーノと椿がそろって顔を見せた。ETUに勝ち点をつけた試合だった。ボクたち活躍したんだからご褒美ちょうだい、と遠慮なく上がり込んでくるのはジーノ。おじゃまします、と小声で断りながら、そろそろとついてきたのが椿だった。
「おなかがすいたよ! 晩ご飯はなんだい?」
まるで自分の家みたいに台所を覗く。湯気を上げる大鍋のふたを開け、機嫌良さそうにしている。
今日はおでんを作っていた。鍋いっぱいにあるので、作り置きにしておいてもいいし、もしかしたらふたりが来るかもしれないと思って選んだメニューだった。でも、後半の部分は内緒だ。
村越はたいして広くもない台所からジーノを追い出すと、食器棚から三人分の茶碗を出した。三つ色違いでお揃いで、たっぷりとしたサイズのわりにかわいらしいうさぎちゃんが描いてある。男三人で使うには不似合いのそれは、いつだったか椿が買ってきたものだ。そのとき一緒に買ってきた箸置きも、うさぎやねこがぴょんぴょこ跳ねているのを形どったもので、椿はファンシーなものが好きなのだなと思っている。
ちらりと椿を見ると、ダイニングのあたりを意味もなくうろうろしている。ジーノが我が物顔でどっかりとテーブルに着いているのとは対照的だ。
「椿、ごはんかき混ぜとけ」
「あっ、は、はいっ」
村越に言われると、椿はパッと炊飯器のところへ行って、不器用そうな手つきでしゃもじを動かしている。盛りますか、と聞かれるので茶碗を渡す。椿が盛ると、彼の習慣なのだろう、茶碗に白米をてんこ盛りにされる。あんまりきれいに、漫画みたいに盛るのでいつも感心してしまう。
椿がせっせとごはんの形を整えている間に、おでんの大鍋をテーブルへ運んだ。
「ボクちくわぶ以外!」
すかさずジーノがリクエストしてくる。彼はちくわぶが嫌いなのだ。好きな具ももう覚えた、はんぺんと大根、それに味の染みた玉子も喜ぶ。椿は餅巾着と、練り物が好きなので多めに入れてやる。自分の皿にはがんもどきの大きいのを入れて、汁もたっぷり注いだ。
「いただきます」
三人の声が重なる。村越がうさぎ、椿がくま、ジーノがねこの箸置きを使っている。並べたのはジーノだ。
ジーノは箸で大根を割ってひとかけ食べると、おいしいね、なんだか染みるよねえと言ってたのしそうにからしのチューブをつかんだ。
「椿、熱いから気をつけろよ」
「はいっ」
返事ばかりはいいものの、言ったそばから餅巾着を頬張り、あち、と眉間にしわを寄せている。はふはふやりながら食べるのは、少々行儀が悪いけれども動物じみていて微笑ましい。
自分もまずは汁をひとくちすする。じんわりとやわらかな味にうなずき、三人で囲むあたたかい食卓にまたうなずく。
「なあに、コッシーってばにやにやして」
面白そうに顔をのぞきこんでくるジーノに、なんでもないと返しておかわりを聞く。大根もっとちょうだい、と言われるので鍋の底から掘り返してよそってやる。
「コシさん、おでんすごくおいしいっす」
椿が湯気に当てられたのか、ぽっぽと赤くした頬でこちらを向く。
「よかったな」
そう、とてもよかった。その日の食卓はとても穏やかで、ゆったりとした時間が流れており、村越は三人でいる幸せを噛み締めていた。
食事のあと、スポーツチャンネルでクリケットを見ながらソファでだらだらしていると、椿がソファの背から顔を覗かせた。横を見ると、すぐそばに顔がある。
「コシさん、洗い物終わりました」
「ありがとうな」
なにか言いたそうにしている椿の鼻先に、ちゅ、と音を立てて軽くキスする。椿はぱっと顔を引っ込め、唇の触れたあたりに指で触れている。じわじわと頬が染まっていくのが面白い。
椿は俊敏な動きでくるりとソファのこちら側へやってくると、村越のほうに体を向けて腰を下ろした。前のめりになって、もじもじと唇の先だけを動かしているので、じっと見つめていると、見られていることに気がついて急にうつむいた。ふさふさの黒髪を統率するつむじが見える。
「ボクの活躍やってるかい?」
意気揚々とリビングに入ってきたのはジーノで、ふかふかのバスローブに身を包んでいる。画面に写っているのがクリケットだとわかるとへんな顔をする。
「なんだってこんなの見てるのさ」
「見てると意外と面白いぞ」
のんびりとした英語の解説に字幕が入っている。サッカーニュースを見るのもいいのだが、なんとなく気分ではなかった。それに、ふたりが今日の試合で存分に働いたことは既によく知っているから、必要もなかったのだ。
「もう。ボクもバッキーもすっごく格好よかったんだからね、わかってるの?」
まあボクはいつもだけど、とソファの背に寄りかかって顔を近づけてくる。
「知ってる」
こんなふうに息が触れそうなところにわざわざジーノがやってくるのは、じゃれるような軽いキスをせがまれているのだ、期待に応えてそっと唇を重ねてやるとジーノは満足そうに微笑む。
「フフッ、バッキーもご褒美が欲しいみたいだね」
うつむいたままの椿を見れば、椿のズボンの前がにわかに窮屈そうになっている。ね、バッキー? と促されて、やっと椿が顔を上げる。
「コ……シさん、おれ、その、」
もごもごと口を動かすのに、イエスと返事をしてやったら、今すぐにでも飛びかかって来られそうだ。でもまだなにも準備をしていないから、すぐに許すわけにはいかない。男同士というのはこういうところが面倒だけれども、ふたりのためならばやって当たり前だという気になるのがふしぎだった。
「ちょっと待て」
「待てないっす!」
肩をつかまれて体重をかけられる。ぐいん、と視界が反転して、天井の手前に楽しそうに目を細めるジーノが見える。椿の熱い舌が、耳や首筋をべろべろと舐め回すのがくすぐったくて肩をすくめる。
「待てって。まだなにも準備してない」
笑い出してしまいそうで語尾が跳ねる。椿の体はまだどこか頼りなくて、押し返すとすぐに離れた。
「そんなのいいです」
掠れた声で告げる椿に、だめだ、と村越がはっきり首を振ると、椿はしょんぼりとして体を退けた。
「そうだよ、ちゃんとしないと恥ずかしい思いするのはコッシーなんだから」
ジーノが訳知り顔で口を挟むので、すこし耳が熱くなる。村越のいう『準備』の意味を、ジーノは知っている。椿はどうやらわかっていないけれども。
ちょっと我慢してろ、と椿の額を撫でてやり、ソファから立ち上がる。名残惜しげに椿の目が村越を追うのもかわいいものだ。
リビングを出て、トイレに入る。準備、というのは三人で濃密な時間を過ごすための準備だ。村越は女性ではないから、ふたりを受け入れるための器官は持ち合わせていない。手や口を使ったり、ふとももの間に挟み込んだりすることもあるけれども、そこでつながりあうことの特別さに勝るものはない。
はじめてそこにジーノの指を埋め込まれたとき、アスリートとして鍛え上げて、隅々まで意識を浸透させているはずの自分の身体に、まだ知らない場所があることに慄いた。
それから何度も、指や舌やもっと大きなものを受け入れていくうちに、面白くなっていった。面白い、というと可笑しいかもしれないけれども、例えばはじめて鉄棒で逆上がりができたときのような、新しい力が開いていく感覚を得ることができるのだ。だからふたりとするのは嫌いではない、むしろたのしい。
人肌に温められている便座に座って、ウォシュレットのスイッチを入れる。ぶおーん、と野太い音を立てて動き出すので、お湯が当たる感触に向けて身構える。これからふたりを受け入れるから、きれいにしておかなくてはいけない。病気は怖いし、ふたりに嫌な思いもさせたくない。おなかにきゅっと力をいれて、中にお湯が入るようにする。温かくて気持ちいいような、違和感が気持ちわるいような、なんとも言えない感覚に背筋が震える。
ぬるい水を何度か入れたり出したりして、もう大丈夫だろうと水を流してトイレを出ようとドアを開ける。がん、と何かがぶつかる音がして、いて、と聞こえる。椿が額を押さえていた。
「何してる」
「えっと、コシさんがなにしてるのかなって、おもって……」
「音、聞いてたのか!」
さすがに村越も恥ずかしくて、大きな声を出してしまった。椿が目をそらすのは気まずいからだろうか。ちょっと目元が赤らんでいるけれども、自分も首まで赤くなっている自覚がある。
「だから言ったのに、コッシーに叱られるよって」
リビングのドアからひょいとジーノが顔を出す。何を考えているのかわからない、でも愉快そうにしている。
「ごごごごめんなさい」
椿が涙目になっている。でも泣きたいのはこちらのほうだ。ベッドの上で何もかも曝け出すことになってしまうのは諦めているけれども、それでも譲れない、知られたくないところだってあるのだ。
「風呂!」
椿にデコピンして、いつもより大きな足音で、風呂に向かう。椿の力なく謝る声と、ジーノの堪えきれない笑い声が背中に聞こえてきて、怒ったポーズのまま村越もすこしだけ笑った。
2011/10/22
2011/10/19の日記より。