赤いカーネーション
練習後、ロッカールームで着替えながら誰かが言い出したことには、今夜、テレビで古い映画が放映されるという。
タイトルを聞いたベテラン組の幾人かが、ああ懐かしいなと笑う。
「なんですか?それ」
知ってる?さあ、なんてやりとりをしていた若手を代表して世良が尋ねる。
「俺が子供の頃に流行った、ロードムービーだよ。たぶんお前らはまだ生まれてないんじゃないか?」
答えたのは最年長の緑川だった。
名前だけなら聞いたことあるんスけど、と世良が言い、話題がみんなのものになる。
「椿、お前は見たことあるか?」
聞き役に徹しつつ着替えていた椿は、突然村越に話しかけられて驚いた。
返事はいつもの如くどもっている。
「お、俺ですか、ないです」
椿は過疎の田舎で育ったサッカー少年ゆえに、テレビも映画もろくろく見てこなかった。
それどころか本も漫画もさして読まないし、音楽も聴く習慣があるわけでもない。
自分でも呆れるくらいサッカーのことしか頭になかった。
「いい映画だぞ、映像が綺麗で」
同じようにサッカーのことばかり考えているはずの人が、知らない映画を褒める。
四六時中顔を突き合わせている気がするのに知らない部分があることに、わけもなくどきっとした。
それからもっぱらチームメイトたちの闘志を高めたり、揉め事をいさめたり、
冷静に判断を下したりすることに使われているキャプテンの口から、
『綺麗』なんて単語が出ることを不思議に思った。
「そう言われると、見てみたくなりますね」
「なら、うちに見に来るか?」
村越の口にした誘いは、とても意外で、同時にとてもとても魅力的だった。
行きます、という返事は気持ちばかりが先走ったせいで、やっぱりどもってしまっていた。
近所の定食屋で適当に夕食を済ませ、緊張やら期待やらでわやくちゃになった頭で、村越のマンションに上がりこむ。
何度か来たことのある村越の部屋は、物が少なくて殺風景だ。
ひとつだけ椿が知っていることは、サッカー関連の本が並んだ中に無造作に突っ込まれているアルバムの最後に、
現役時代の達海のスナップ写真が挟まっていることだ。
それは以前この部屋に上がったとき、部屋の主が眠っている間に王子が見つけ出した。
こっそり一緒にその写真を眺めた共犯者は、あんな顔してコッシーはロマンチストだからね、
なんて優雅に目を細め、笑っていた。
けれども椿にはどうしてだか、とても笑ったりできないことに思えた。
「何してる。もう始まるぞ」
ぼうっと突っ立っていると、村越にソファに座るように促される。
男二人が並んで座っても余裕のあるソファだから、村越との距離をと測りかねて落ち着かない。
腰をもぞもぞさせているうちに映画が始まる。
その古風でノスタルジックな映画は、映像が美しくおおむね面白かった。
それにサッカー観戦用に買ったという大画面の薄型テレビはそれだけで迫力があった。
村越は何度も見たと言いながら、はじめて見る椿よりもずっと集中して画面に見入っていた。
家でテレビを見るときくらいもっとリラックスしていてもいいものなのに、その表情は真剣そのものだった。
さすがに試合の最中や練習のときに見せるのとは違う顔だが、どう違うとはっきり言えるほど、椿は村越を知らない。
中盤、椿はときどき退屈になる瞬間があって、ふと村越の横顔を眺めては、頬に、唇に、額に、
触ってみたいという衝動がじわりとにじむのを感じていた。
たくましい肩に頭を擦りつけて、村越のにおいをかいでみたかった。
椿から触れたら、村越はどんな顔をするだろう?
驚くだろうか、怒るだろうか、それとも?
そのとき、村越が長く深い息を吐いた。
画面の中ではちょうど、主人公の仲間の裏切りが露見したところだった。
そこからは椿も余計なことを考える暇がなく物語に集中せざるを得なかった。
すべてが終わり、主人公は再び旅立つ。
エンドロールには甘ったるく気だるいようなジャズが流れている。
身体が重たくて、たまらなく村越にキスしたい気分だった。
ぐったりとした身体を重ねていたかった。
それは、どうしたら叶うことなのだろう?
わからなくて、ただソファの背に寄りかかり、彼の後頭部や耳の形、
前のめりの姿勢の肩から腕にかけての引き締まった線を見つめた。
ふと、彼がこちらを向く。
彼もまた集中力の途切れた、疲れたような目で椿を見た。
ゆっくりと顔が近づいてきて唇が重なる。
村越の乾いた唇が、椿の上唇を食み、だらしなく開いた隙間から舌が滑り込んでくる。
バッキーはお子様キッスしか知らないでしょ、それじゃコッシーのこと喜ばせてあげられないからね、
とわざとらしいため息を交えながら王子が教えてくれた、大人のキス。
教わったものの、相変わらず自分からはうまくできなくて、今もひたすらされるがままになっている。
唇が離れて、椿はソファの上にうずくまった。
自分はそんなに、もの欲しそうにしていただろうか。
恥ずかしい、恥ずかしい。
羞恥心が胸の中でぷくぷくと膨らんで苦しくて、椿は手で顔を隠した。
「悪い、がっつくみたいな真似・・・」
黙り込んでしまった椿が嫌がったと思ったのか、村越が短く刈り込んだ頭をがり、と掻く。
違う、そうではない、キスされたのは嬉しかった。
そう伝えたいのになんて言っていいのかわからない、うまく口が回らない。
自分のほうからキスしたかったのだと、言いたいのに言えない。
「もう寝るか?」
村越が立ち上がってしまう。
この映画の余韻を引きずった、ふわふわと甘ったるい時間が終わるのが惜しい。
椿は引き止めるように村越のシャツの裾を掴んだ。
「まだ寝たくない、です・・・」
俯いたままで、きかない子供みたいにぐずる。
軽く息を吐いた村越が、椿を抱き寄せてくれた。
ほっぺたが村越の腹の辺りに押し付けられる。
綿のシャツの柔らかい感触と体温を感じ、甘えたように村越の腰に腕を回した。
村越は体格がいいから、腰は太く作られていて、しっかりと椿を支えてくれる。
優しい手つきで髪を撫でられているうちに、呆れられたかもしれないという不安はじわじわと引っ込んでいき、
代わりに沸きあがってきたのはもっと触れたいという願望だった。
背中に回した腕に力を込めると、意図を察した村越は、するりとしゃがんで椿の肩口に唇を寄せた。
頬と頬がぶつかり、村越の生えかけの髭のざらりとした感触に、
今抱き合っているのは紛れもなく男で村越なのだということを意識して、たまらなく背筋が震えた。
「ごめんなさい、俺もの欲しそうにして、その、」
村越が不思議そうに瞳を覗き込んでくる。
まっすぐに見つめられて、怖くて瞼を閉じてしまいそうになったけれども、我慢して見つめ返す。
ひとまわりも年が違うのだ、椿は村越の前でいつだって、どうしたらいいかなんかひとつだってわからない。
どんな言葉で、どんな振る舞いで、村越が好きなのだと、欲しいのだといったら正解なのだろう?
「俺、コシさんとしたいです、さっきからずっと、したくてしたくて、その・・・、」
もう一度どちらからともなく唇を重ねたとき、その荒っぽい村越の舌の動きや、ぬめった感触や熱や味を、
もうずっと覚えていられるような気がした。
水っぽい音を立てて唇が離れる。
村越は立ち上がり、寝室のドアを開けた。
「あんまりかわいいことを言うな」
暗い部屋の向こう側に、素敵な夜が待っているとでも?
疼く身体を押さえきれない椿は、村越に吸い寄せられるように扉をくぐった。
少なくとも椿は、この胸にわだかまる想いを、彼がそこで受け止めてくれることを知っているのだ。
2010/2/18
なんだかんだ言って書いてみた。バキコシです。
なんか私ってもしかしてガツガツした攻が書けないんだろうか。
椿があんななせいで予想外にしげゆきがやる気まんまんな人みたいになってしまいました。
違う・・・私が読みたいのはこんなんじゃないのー!!
読みたいものと書けるものはこんなにもかけ離れてしまうものなのか。
・・・まあしげゆきは32歳で椿はハタチで、干支一回り違うんだから仕方がない。
ふたりともうさぎ年だったりしたらどうしよう!
あと私は純情可憐なピュア乙女なのでエロシーンも書けないよ^^
でも読むだけならバキコシえろが読みたくてたまらないんだ!!この欲望をどうしてくれる^p^