となりで眠る人の夢







薄暗いピッチを、村越は一人走っていた。
走っても走っても先に進まない。
もう少しスピードを上げられたらきっと、あの焦がれ続けた、
神様みたいな背中が見えるはずなのに、いつまでも追いつかない。
煌めくような彼の姿、ユニフォームの背番号は7。
永遠に追いつけないことを知っているのに、それでも追いかけずにいられない。
軽やかにピッチを駆け抜ける背中を見つけたいのに、足が泥のように重たくて言うことを聞いてくれない。
悔やしさは焦りとなって見えない蔦になり、村越の全身に絡み付く。
うまく動けなくてもがくほど、想いが胸の中で膨れ上がり、息苦しくて肩が激しく上下する。
どんどん辛くなってどうしようもなくなって、もう村越はどうしたらいいのかわからなかった。
一瞬でも振り返ってもらえたら、もっと違うなにかが生まれていただろうか。
今はそれもわからない、とにかく先に進まなければならなかった。




「コシさん!」
大きな声で名前を呼ばれて目を覚ました。
心配そうに覗きこんでいるのは椿だ。
犬みたいに真摯な目で、じっとこちらを見つめている。
夢だったのだ。
額にも脇にも首筋にも、嫌な汗がじっとりとにじんでいた。
大丈夫だというように軽く、村越は椿に視線をやり、上体を起こした。
悪い夢を見てうなされているところを起こされるのは、初めてではない。
村越がよくそうなるのだと知られているから、気まずいとも思わなかった。
まっすぐな目で心配そうに見つめられて、ぎゅっと手を握られたら、甘えてしまいたくなる。
事実、そうしてもいいのだと、彼は全身で告げていた。
椿を抱き寄せて深呼吸をし、椿の耳の裏あたりから甘酸っぱく若い彼のにおいを嗅いだ。
しなやかに引き締まった体は、どんなにきつく抱いても壊れない。
確かな抱き心地が、村越を現実に引き戻してくれる。
恐れることはなにもない。
「コッシー起きた?」
ヘッドボードのライトに目をこらすと、ジーノが寝室に入ってきたのがわかった。
するりとベッドの端に腰掛け、村越に体を寄せる。
「バッキー、抱き枕ご苦労様」
そう言われると椿は躊躇いながら体を離した。
ジーノは手にしていたカップを椿に渡すと、村越の頭を抱き寄せ、子供にでもするように頭を撫でる。
「悪い夢でも見た?こわかったね」
ジーノの細長い指に髪が弄ばれる感触に、村越は目を閉じてほっと息をついた。
彼に触れられている間は、なにも考えなくていい。
全く自分らしくないけれども、彼の前ではそれでいいのだと今までに散々教えられた。
彼に女のように抱かれる以上、何も取り繕えないから仕方がない。
「飲んで。よく眠れるよ」
椿の手から受けとったのはホットワインだった。
顔を近づけると、ほどよく温められた赤が芳香を放っている。
一口飲むと、また体からいやな力が抜けていくようだった。
もう、大丈夫だ。
心配そうな顔でじっと見つめてくる二人に、深い息を吐いてみせ、それからまた三人で横になった。




それからその夜は、ふたりが悪いものから村越を守るように左右にぴったりと寄り添って眠った。
もう悪い夢は見なかったし、ふたりに夢の内容を尋ねられることもなかった。
三人は別々の人間で、隣に眠っていても違う夢を見るということを知っていた。
重ねられたぬくもりが闇深い夢のふちから戻ってくる手掛かりになることも、
また彼らはよく知っていたのだった。








2010/5/23
しげゆきはたぶん今でもタッツがらみの悪い夢とか見るとおもいます。
そんなときにただ添い寝してあげるふたりがいればいいよなあという妄想。
とかくジノバキコシは三人川の字になって寝ているところばっかり考えてしまいます。