たまひよじのこし







「ボクにはそれは壮大な夢があってね」
夕食後にジーノが顎を組んだ両手の上に乗せて、満面の笑顔で言った。
真面目な顔だ。
いつもの表情が読めないような顔ではない。
村越はギクリとした。
大抵そんな表情をしている時のジーノはまともな思考ではない。
先だってはどこで購入してきたのか分からない、背徳のシスターセットを身につけさせられたし、ついでに言えばその時のジーノが用意したパンツはTフロントだった。どこも隠すところがないアレだ。

村越は聞かない振りで、食器を片づけると、ジャーっと大きな水音でジーノの言葉を遮ろうとした。
もうあんな変態的なプレイはごめんなのだ。
ジーノのアレだってそこそこにデカいのに、どうしてキリスト教を模したマリア菩薩のようなものが先についたバイブを突っ込まれなくてはならなかったのだろう。
村越の括約筋がアスリートとして鍛えられていなかったら流血の惨事だ。
それを言えば、「コッシーの括約筋を柔軟にしたのはボクだよ」とハートマークつきで帰って来るから、ジーノは怖い。

「ねえ、コッシー、聞いてる?」
ジーノがそろりと村越の後ろから、脇腹をすくうように両胸を揉んできた。
一瞬ひょおっとした感覚がいつも村越を悩ませる。

「ジーノ、触る時は触るって言ってからにしろ」
「そんなの面白くないじゃないの」

ジーノが下から覗き込んで来て、洗い物をする村越の手を止めさせた。
もちろん水道の蛇口も。
嫌な予感しかしないが、真剣な話だ。
村越はとても眉間の皺を深く刻んで、ジーノの次の言葉に備えた。
メイドだけは勘弁してもらおう。しかもせめて、ミニだけは……。

などと思っていたら。

「あのね、コッシー、聞いて」
ジーノがそういって意気揚々とひらいたのは、全く村越とジーノの性生活に関係ないかと思われる「たまごクラブ」だった。もちろん雑誌のアレだ。子供がうまれたらひよ子クラブになるし、育ったらこっこクラブになって、さらに育ったらファイトクラブになる。
村越は眉を下げた。

「なんだそりゃ」

明らかに関係ないものを提出されても困るだけだ。
たき火にでもしろというのか。この暑いさなかに。

ジーノはにこにこ顔で、その雑誌の数枚のページをめくって、
「ね、これに出たいの」
と、とんでもないことを言った。

村越の鼻からさっきまで食べていたパスタのコマ切れが飛び出した。
一瞬の沈黙があった。

ジーノはまだにっこり顔だ。
村越には何も言えない。

(そこまでジーノはアホだったのか……)
としか考えようがなかった。

「……あのな、ジーノ」
「うん」
「これは、育児雑誌だ」
「知ってるよ、バカにしないで」
「そして育児というものはな、男と女がするものだ」
「男同士だってするじゃないの」
ほら、オランダでは養子で子供を引き取るゲイカップルが増えているらしいよ、とジーノは自信ありげに言う。

「それとこれとは、話がちがう。わかるな?」
「どうして? ボク、何度もコッシーに子作りしてるじゃない。そろそろその固い腹筋の下にボク達のベイビーがいるはずなんだと思うんだ」

村越は卒倒した。台所に倒れ込みそうになる。
どうしてそういう話になる。
たしかにジーノに中で出された数は数えきれない。
というか数えたくない。
しかしたしかに村越は男なので……

「できるわけねえだろ!」

と、ジーノの頭をおもいっきり叩いた。

「いたっ! コッシーのバカ! 絶対出来てるもん! お腹、さわってごらんよ!」
「できるかバカ。できてたら学会発表モノだ!」
「そんな見世物なんかにしないよ。ボク達のかわいいベイビーは大事に大事に宝箱に入れて育てるよ!」
「だからできてねえっつうの」
村越のジーノの頭の構造が理解できず、よろめいているばかりだ。
これならナースセットを着させられた方がまだましに思えた。

けれど、ジーノが急に神妙な顔になる。
「コッシー……」
「んだよ」
「でも、ボク、最近すっぱいものが食べたいんだ」
「は?」
「それに微熱も続くし、なんかどうも体調がおかしくて……」
「え?」
「ほら、よく言うじゃない、奥さんのつわりにあわせて、旦那さんも具合が悪くなるって」

村越は青ざめた。
どう考えてもジーノの想像妊娠だ。
しかも回り回って意味不明の想像妊娠だ。

村越は思わず、「お、お前が俺の精液なんか飲むからだろう!!」と叫んでしまった。
「そりゃのむさ! キミのものならなんだって、すべてボクのものにしたい!! なんなら○○○○だって構わないのに精液ぐらい!」
「おまえ、その○○の中身言ったら別れるぞ!」
「言わないけど。とにかく、ボクにこんな症状がでてるってことは、きっとコウノトリさんがボク達の間に素敵な赤ちゃんをはこんできてきれたんだよ。ね、ダーリン。明日はちょうどオフだし、ね、一緒に病院行こう? そしていっしょに、たまひよに載ろう!」
ジーノはうきうきと近所の産婦人科に電話をかけはじめた。
村越は、とりあえずバカは放っておくに限る、と洗い物の続きをはじめた。




それから数カ月後。
村越はジーノと共になぜかたまひよの撮影スタジオにいた。

「はーい、お母さん、こちらむいてくださーい」

撮影スタッフに呼ばれたのはジーノだ。
けれどジーノはあっはっはと高笑いして、

「いやだなあ、こんな可愛いボクの奥さん置いて、ボクが先に写真に写る訳にいかないじゃないか!」

と、撮影所の隅でうなだれている村越を指差した。
そう、コウノトリはなぜだかこの幸せなカップルに神様のプレゼントを持ってやって来たのだ。
村越茂幸32歳、若干高齢出産だが、最近は問題あるまい。マタニティドレスがわりのスウェットがまぶしい、初産夫だった。

(俺は……俺は……なんでこんな……)

「あ、そうでしたかー、じゃあ、お母さん、こちらきてくださーい!」
「ホラコッシー、ママってよばれてるよ! はやく行っておいで。ボクはここで、しっかりと見てるから!キミと、キミのお腹の赤ちゃんを!」

ジーノは渡された紙カップのコーヒーを手に、微笑んでいた。


ちなみに臨月になって勢いよく生まれたのはどこか椿ににたかわいい息子さんで、村越の腹圧によりスポーンと飛び出て、あわや分娩室の壁に激突するところだったのを、立ち会った緑川がナイスセーブしたのであった。

ともあれ、これからしあわせまっさかりである。
次はひよこクラブの撮影が待っている。
村越はもう勘弁してくれと病院で瞼を閉じた。
けれどその隣ですよすよ眠る赤ん坊はとても可愛く、ジーノにちょっと似ていた。
それは幸せなことかもしれないと思ったのだった。








2010/7/19
『ハコネの森』のとりこさんからのいただきもの。