大きめの愛で包んで







「村越さんってさ、話すといい人なんだけど、ちょっと怖いよね」
「えっ、話したの?あんた勇者だね」
「私もあの人怖くて無理だなー」
「背ぇ高くてなんか迫力あるもんね」
「なんかいっつも怒ってない?」
「わかるわかる、たぶん地顔なんだろうけど怖いんだよね」
教室清掃でごみ捨ての当番だった村越は、からっぽのごみ箱を持って帰ってきたところで、
クラスメイトたちのこんな会話を聞いてしまった。
教室に入りづらくてしばらくごみ箱を持ったまま廊下をうろうろしたのち、
話題が変わったところを見計らってごみ箱を教室に戻した。
手を洗い、鞄を取って家に帰る。
今日は所属してるユースチームの練習もない日だ。
まっすぐ家に帰る気になれなくて、ぶらぶらと近所の公園に寄った。
冬の夕暮れ時、寒空の下でも子供たちはランドセルを放り出して元気よく遊んでいた。
このあたりは治安が良くて、このご時勢に子供たちだけで遊んでいても大人たちは平気な顔をしている。
平和だな、と思う。
じっとしているとどうにも寒くて、村越は制服のチェックのスカートから伸びたむき出しの膝をこすり合わせた。
もうすぐ1年経つというのに、村越はいまだにクラスに馴染めずにいた。
村越は同世代の女の子たちが、ファッションや芸能人や噂話に必死になるのがよくわからなかった。
彼女たちもまた、放課後になると誰と遊びに行くでもなくさっさとサッカーの練習に行ってしまう村越を
不可解に思っているのだろう。
それであんなふうに言われる自分を、村越はよくわかっている。
けれども、わかっていても淋しくないわけではない。
ため息をついて横を向くと、誰かが置き忘れていったらしいサッカーボールが目に入った。
ちょっと借りるよと心の中で声を掛けて、軽くリフティングを始める。
はじめは足の甲で、それから太もも、インサイド。
リズムに合わせてスカートが揺れる。
下には何も履いていなかったけれども気にしない。
制服のコートが汚れるのもかまわずに、チェスト、ショルダー、ヘッドも取り入れてボールをまわしていく。
宙に浮いたボールが体に吸い付くように戻ってくる感覚にれば、あとはいくらでも続けていられた。
ひとしきり体があたたまってきて、マフラーをはずそうかなと思い始めたところで、目の端に明るい茶色の塊が映った。
犬だ。
ものすごい勢いで、犬が走ってきている。
まずい、よけなければ、と考えるが体が反応する前に思い切りタックルされ、村越は後ろに倒れこんだ。
衝撃で、脳天に星が舞う。
村越に飛びついてきた犬は、スカートの中に鼻先を突っ込んで熱心に匂いを嗅いでいる。
「ちょっ・・・やめっ、」
パンツが丸出しになっていることよりも、匂いを嗅がれていることが気まずい。
めくれたスカートを押さえようにも、犬はしつこかった。
「コラッ、バッキー!」
うしろから走ってきた子供が思い切り犬のリードを引き、ずるずると引きずられて犬が離れていく。
犬は必死で地面に踏ん張って抵抗したが、子供の力のほうが強かった。
彼はもう一匹犬を連れており、そっちは飛びついてきたほうの犬に比べてずっと落ち着いて賢げな様子だった。
「ごめんなさい、おねえさん。怪我してない?」
「あ・・・ああ」
子供は手早くベンチの足にリードを結びつけると、呆然としている村越に手を貸した。
促されて村越は立ち上がり、スカートについた土を払う。
別段動物に好かれるわけでもないから慣れていなくてびっくりしたが、制服が汚れただけで怪我はない。
「おねえさんのリフティングに見とれてたら、逃げちゃったんだ。ほんとうにごめんなさい」
子供は礼儀正しく頭を下げ、サッカーボールを拾ってきて村越に手渡した。
小学校高学年くらいだろうか、仕立てのよさそうな紺色のコートを着ていた。
すっと通った鼻筋と睫毛の目立つ、妙に雰囲気のある子供だった。
村越がボールを受け取ったまま突っ立っていると、子供はひらりとベンチに腰掛けた。
「おねえさん、名前はなんていうの?」
「村越」
「じゃあコッシーだね。座りなよ、コッシー」
腕を引かれて、彼の隣に座る。
二匹の犬は今は大人しく足元にうずくまっていた。
「ボクはね、ジーノっていうんだ。でもみんなボクを王子って呼ぶよ」
得意げに目を細めるので、村越は大人気なくも絶対に王子なんて呼ばないと心に決めた。
ジーノは二匹の犬を順番に指差して、
「こっちがザッキーで、こっちがバッキー。どっちも雑種だけど、バッキーのほうがちょっとバカなんだ」
ザッキーと呼ばれた犬は、黒くて細身で、ツンとした顔をしていた。
こちらの会話なんて興味ありませんよ、といったふうにそっぽを向いている。
反対に、さっき飛びついてきたバッキーのほうは、人懐っこそうだ。
今も名前を呼ばれて、『なに?なに?』と好奇心を丸出しにしている。
「あーそうかい」
正直、突然懐いてきた子供相手にどうしたらいいのかわからず、村越は戸惑っていた。
「ねえねえ、コッシーはサッカー部なの?」
「いや、うちの学校には女子サッカー部はないから、ユースチームに入ってる」
「どこの?」
「ETU」
ジーノはふうん、と鼻を鳴らした。
「女子のほうは知らないけど、あんまり強くないチームだよね」
「まあな。けど、これから強くなる」
村越が断言すると、ジーノは妙に色気を含んだ目をきらりと輝かせた。
「そっか。ボク、サッカーが上手い人って好きだよ」
「お前もやってるのか」
「うん。学校のチームで10番なんだ」
ボクが一番上手だからそんなの当たり前だけどね、言いながらジーノは体を寄せ、
まだ成長中の細い手を村越に絡めてきた。
まるで大人の手練手管のようで、可笑しくなる。
「コッシーの手、冷たいね」
「そうだな」
子供の手は湿っぽく、温かかった。
それに、村越の手とさして大きさが違わないことに驚く。
身長はたぶん、村越の胸のあたりまでしかなかったように思うのに。
「足、寒くないの?」
悪戯な手が太ももに伸びるので、村越はそれをぴしゃりと叩いて跳ね除けた。
まったく、子供のくせに一体どこでこんなことを覚えてくるのだろうか。
ジーノは驚いて目を丸くしたあと、肩をすくめて笑った。
「ふふっ、コッシーってなんかいいね。大きくなったら結婚してあげてもいいよ」
ベンチから飛び降りたジーノは、結び付けてあったリードをひょいとほどいた。
「アホか」
村越の呟きも、彼の耳には入っていないようだ。
「またね、コッシー」
ひらひらと手を振り、生意気な口をきく子供は、体にそぐわない大きな犬を二匹連れて、悠々と公園を出て行った。
あとに残され、ほとんど暗くなった公園で首を捻る。
今のは一体なんだったのだろうか。
もう一度リフティングをはじめた村越は、しかし、
あの子供が少しも自分を怖がらなかったことを思い出し、にやりと口元を歪めた。








2010/2/21
しげゆきと王子と椿の年齢差についてドリームが広がったので書いてみました。
パラレルです。もうパラレル書くのかよ!と自分でも思いますが、私、
本命ジャンルでもほとんどパラレルしか書いたことないんで許してください。
後から思ったんだけど、普通にしげゆきが男子高校生でもよかったのではないか・・・笑

しげゆき:女子高生。ゴツくて怖いのでクラスの女子から浮いてしまっている。
王子:小学生。
椿・赤崎:王子の飼っている犬。犬の種類わかんないから雑種。