おめでとうの日に







言おうかな、自分から言うのもな、でもな、どうしようかな。
迷って、迷って、言い出せなくて、そのままもう帰る時間になってしまった。
ガミさんちの最寄り駅の改札口、0時まであと20分。
言おうかな、どうしようかな、言いたいな、言えないな。
「んじゃー堀田くんまた明日ね」
他愛もない話の最後に、ガミさんの別れの言葉。
はい、おやすみなさい、と答えたら、もう背を向けなきゃいけなくなるから黙っている。
「堀田くん?」
ガミさんは不審そうにしている。
どうしよう、だって今日、練習のあとに、一緒に食事に行こうなんて誘ってくれるからそわそわしていた。
もしかして知ってるのかな、なんて期待した。
「どうかしたの」
ガミさんののんきな声。ちょっと肩をすくめたくなる寒さで、終電はまだ先。
それでも0時までカウントダウン、人が通るたびにピーン、コーン、と鳴る改札の音、いいや、言ってしまおう。
「おれ、今日、誕生日だったんです」
ガミさんがすなおに驚きを顔に出す、やっぱり知らなかったんだ。
「だから、ガミさんと一緒にいれて嬉しかったです」
たとえいつもの飲み屋で、いつもどおりビールと刺身で、会計だって割勘で、特別なことはなにもなくても。
期待した自分がバカみたいで、なのに教えなかったのも自分で、
ずるずるとこんな時間になって言い出して、それでもこのままで今日を終わらせたくなかった。
「えー、そういうことはもっと早く言いなよ!」
語調の強さにびくりとしたけれども、ガミさんは怒った顔じゃなかった。
ただちょっと困ったような、焦ったような、見たことない顔をしていた。
ちょっと待ってて、と言い置いて走っていったダウンジャケットの背中は駅前のコンビニの中に消えて、
それからまたすぐに戻ってきた。手にはちいさなビニール袋。
「ごめん、コンビニなんもなかった」
そう言って渡されたビニール袋の中には、ほかほかの肉まんの紙袋が入っていた。
「とりあえずそれ、ピザまん。誕生日おめでとう。それ持って、手ぇあっためながら帰ってよ」
とりあえず何か渡して、おめでとうを言ったからほっとしているのだろうか、もうガミさんはいつも通りの顔だ。
紙袋に触るとピザまんは熱くて、自分の手がじんと冷え切っているのがわかる。
「……やです」
自分でも思いがけない言葉が出た。
「ちゃんとしたものは今度あげるからさ、今日のところはそれで我慢してよ」
「いやです」
ガミさんはまた困った顔になった。ちょっと拗ねているようにも見えた。
やっぱり、そんなガミさんは今まで見たことがない。
「……ごめんって言うなら、今日ガミさんちに泊めてくれなきゃいやです」
ひゅっ、とガミさんが息を呑むのがわかった。
それから、いいよ! と強く手を握られる。
「そうと決まったらすぐ帰ろう!」
大股の早足から、駆け出すみたいな強い力で腕を引かれる。
かと思えばコンビニの前で立ち止まって、もうひとつピザまんを買ってきて、並んでほおばりながら歩く。
指先がじんわりと温まっていくのがわかって心地よい。
「そっかー、堀田くん誕生日か。なのにおれのほうがいいものもらっちゃうみたいだね」
ガミさんがにこにこしながら吐く息が白い。
ピザまんで温まった口と、冷たい空気との温度差が、白い色になって目に映る。
ふいにガミさんが立ち止まるので同じように足を止めると、ガミさんの顔が近づいてくる。
真夜中の、誰もいない道、唇がやわからかく重ね合わさってすぐに離れる。
「急に……なんですか」
「堀田くんの息が白い」
そりゃそうだ、この寒さだ、ガミさんのだってそうだ。
「なんかもったいなくてさあ」
ガミさんはピザまんの包み紙をくしゃくしゃと丸めてポケットに入れると、もう一度手を握ってきた。
その手を強く握り返すと、ガミさんは目を合わせて、お誕生日おめでとう、と笑った。








2011/12/22
2011/12/6、おめでとうの記念に。