悔しいけれど おまえに夢中







土曜の夜、連絡もなく突然部屋に来た石神に、白地にシルバーのロゴの入った品のいい紙袋を押しつけられた。
「はいこれプレゼント」
なんらかのイベントでも誕生日でもなかったけれど、石神にものをもらうのなんて初めてで、
堺は柄にもなくはしゃいでしまった。
その結果がこれだ。
堺は今、自分の浅はかさを呪っている。




「ほら、しっかり歩いて」
にやにや笑いながら石神が促す。
普段は堺よりもほんの僅かに身長の高い石神の目線が、今は堺の下にある。
堺は石神の腕に捕まり、よろけそうになる足元で必死にバランスを取った。
どうしても膝が曲がってしまい、どう考えても不恰好で可笑しい。
誰かに見られたりしたらどうするのだろうか。
「よたよたしてるの、かわいいよ」
目を細める石神を、趣味わりい、と心の中で罵る。
石神がくれた紙袋の中には箱がはいっていて、中身は靴だった。
それも女物の、白とゴールドでかかとの高いミュール。
針みたいに細く長いヒールを見ると攻撃的なのに、全体の印象は儚げであいらしい。
明らかにサイズの小さなこれは、別の女にあげようとしたものだろうか?
一体どうする気かとおもえば、石神は無邪気な声で
「履いてみてよ」
なんて言った。
明らかに不可能サイズなのに、石神はこれでも店で一番大きいのだしてもらったんだよ、などと労を誇る。
力づくで無理矢理足首の留め金をとめ、手をかして堺を立ち上がらせる。
きつい靴に圧迫される足が痛い。
これじゃまるでガラスの靴を我が物にしようとするシンデレラの義姉だ。
「じゃあ、でかけてみよっか」
はっきりと嫌がる暇もなく、シャツとパンツに女物のハイヒールという奇天烈な出で立ちで堺は外に連れ出された。
ともするとしゃがみこみそうになるし、一歩進むのに時間がかかる。
そんな堺を石神は、奇妙に情熱的な忍耐力を持って眺めた。
唯一の救いは、今が夜でこの珍妙な姿が隠れることだろうか。
最も、誰かに足元を見られたら終わりだけれど。
「なあ…どこ、行くんだよ」
全身に力を込めて体を前に進ませながら石神に問う。
堺のマンションからはもうだいぶ遠ざかっていた。
「酒買いにコンビニとか?」
「明るいとこはいやだ…」
「じゃあ暗いとこがいいの?エッチだなあ」
からかうように言われて内心苛つく、でも今は石神に手を離されたら困る。
心の中で毒づき、でも体は石神のほうに預ける。
足はもう限界だった。
小さな靴に締め付けられた皮膚がめくれている気がするし、無理な角度を強要された足首も悲鳴をあげている。
石神の首に腕を回し、キスをねだる。
すると石神は下からすくいあげるように唇を重ねた。
甘く舌が絡むと、自分の姿のことも、ここが路上だなんてことも全部どうでもよくなった。
「…暗いとこがいい」
「そうこなくっちゃ」
一体自分は何をしているのだろうか?
そんな疑問はこの男の前では意味がない。
自分の商売道具をこれ以上傷つけられないなんてまともそうな言い訳は、
これから得られる快感の前には脆弱なうわ言にすぎなかった。







2010/6/23
誰もが一度はやりたいハイヒールネタをひとふでがきで。