はじめに 〜まいんちゃんとは〜


・みんな大好きクッキンアイドル。日本ほも協会教育テレビの夕方のお子様むけ料理番組枠『クッキンアイドル アイ! マイ! まいん!』の主人公である。『ひとりでできるもん!』の舞ちゃん(作者はこの世代)や、『味楽る! ミミカ』のミミカ(作者が忍たま乱太郎にハマっていたころにやってた。なんともいえない独特の雰囲気に圧倒される)の後輩にあたる。

・パニエたっぷりのピンクのエプロンドレスに黄色いニーハイソックス、コック帽にはふかふかした野菜のマスコットがついている。要するに天使。

・こどもらしいまっすぐでさらさらの黒髪と、黒目がちの大きな瞳、笑うと愛らしいえくぼのできる頬がチャームポイント。要するに天使。

・性格は明るく元気で素直でやさしく朗らか、ちょっぴりドジっ子。家族や周りの人たちをとてもだいじにする。要するに天使。

・二次元と三次元の両方に生息するが、三次元においてもその天使っぷりが一切損なわれないどころかむしろ輝きを増すという稀有な存在。三次元においては「福原遥」ちゃんという中学一年生(現在。番組開始当初においては小学生であった。穢れに満ちた俗世を笑顔の光で浄化するために神に遣わされた上級天使)が演じている。

・持ち歌は「キッチンはマイステージ」「ミラクル☆メロディハーモニー」「ワクワク(ハート)キッチンカーニバル」など。曲によっては歌唱力に多少難があるものの、ダンスや仕草のかわいらしさがそれを補って余りあるので全然関係ない。ていうかかわいいからなんでもいい。

要するに、まいんちゃんは天使。












しげゆきとまいんちゃん ファーストステージ







――これだけは決めたからハッキリ言える。村越って選手に関しては……――

キャプテンを外された村越は意気消沈していた。
今までチームのためによかれと思ってやってきたことを新しく監督としてやってきた達海に否定され、もうどうしたらいいのかわからない。どんな顔でチームメイトと会えばいいのかわからない。もう練習に行きたくない。村越は登校拒否児童よろしく、部屋の隅で膝を抱えてうずくまっていた。
そうしてじっとしているうちに、いつの間にか朝になった。カーテンの外で鳥がチュンチュン鳴いている。それがどこか遠くの世界の出来事のように思えた。
練習に行きたくない。行きたくない。
行きたくないなら休めばいいのだと思いついたら、もうそうすることしか考えられなくなった。今までこんなにがんばってきたのだから少しくらい休んでもいいはずだ。
こうして村越は選手生活で初めて、練習を無断欠席した。選手になってから、なんてものではない、サッカーを始めてから今まで、無断で休むなんて一度もなかったことだ。彼にとってキャプテンを外されるというのはそのくらいの重大事だった。しかも、あんなやり方でなんて。
村越はその日、部屋の電気をつけないままで、じっとうずくまって過ごした。たまに寝転がってみたり、カーペットの毛玉をむしってみたり、布団を足で蹴飛ばして羽毛が均一になるようにしてみたりもした。今頃みんな練習に励んでいるころだろうか、若手とベテランたちの間にぎくしゃくした空気が生まれたままなのだろうか、キャプテンマークを奪われてすぐに無断欠席をした自分はどう思われているのだろうかと想像しながら。
やがて考えるのが嫌になってきて、村越はテレビをつけた。暗い部屋の中でテレビ画面だけがこうこうと光る。たいして面白い番組はやっていなかったけれども、テレビを見て音を聞いている間は嫌なことを考えずにすんだ。だからひたすら、それらを見続けた。ただ、スポーツをやっている番組が映ったときだけは慌ててチャンネルを回した。
眠たくなったら、横になって眠った。目が覚めたらまたテレビを見た。今日が何日なのかも確かめなかった。おそらくクラブのフロントや、仲間の選手たちからの着信やメールでいっぱいになっているのであろう携帯には触りたくもなかった。
そうしているうちに何日が経ったのだろうか、風呂にも入っていなかったから、髭が伸びてきているのが少し気になった。でも剃るのは億劫で、そのままにしてある。
ろくに食事も取っていなかったけれど、運動しないせいか、あまり空腹を感じなかった。
今ごろチームはどうなっているだろうか、誰がキャプテンになったのだろうか、自分なんかいなくてもきっとうまくいっていることだろう。今までなにをしてきたのだろうと自嘲の笑みがこみあげてくる。
もう、一生ここでこうしていよう。もう誰にも会わない。外にもでない。サッカーもしない。
そう思ってテレビを見続けた。チャンネルは教育テレビで、ピタゴラスイッチのビー玉が転がるのをひたすら目で追った。ビー玉は用意された場所をするすると通り抜け、ドミノ倒しでゴールに行きつく。何とも目に心地よいそれを眺めている間はなんだかほっとした。
そのあとはアニメがはじまった。たった十分かそこいらのアニメでも、きちんと物語がある。テレビ画面の中では、問題があって、それが登場人物たちの努力によって解決される。現実では問題があっても解決できない自分がいる、皮肉だ。アニメに登場する子供たちの何倍も年をとっているっていうのに。
大きくため息をついたその時だった。
「みんな〜、ハッピハッピハッピ〜!」
ピンク色の衣装を着た女の子が大映しになる。野菜のマスコットがついたコック帽をかぶり、白いふりふりのエプロンをつけて、元気な笑顔を振りまいている。
女の子は決めゼリフを言い終えると、なんのかんのと説明をした後、料理を始めた。
「今日は、とろっとろ〜の、オムライスをつくるよ!」
言葉を短く切って、ゆっくりはっきりと喋る。料理をす手つきは、けして上手いとは言いがたく、子供らしく危なっかしい。けれども丁寧に食材を扱い、調理していく姿には好感が持てる。
合間に歌ったり踊ったりしているうちにオムライスが完成して番組が終わる。次の番組のオープニングが始まったところで、すっかり見とれていた自分に気付いてはっとする。
慌てて玄関に走ると、村越は郵便ポストにたまっていた新聞をひっつかみ、今日の朝刊を探した。時計を見上げて時間を確認し、テレビ欄を見る。そこには略称で『まいん』と書かれていた。
パソコンを立ち上げ、「教育テレビ まいん」で検索する。出てきたのは『クッキンアイドル アイ! マイ! まいん!』という番組だった。
そうか、あの子はまいんちゃんと言うのか。それが村越とまいんちゃんの出会いだった。

翌日の同じ時間、村越は若干緊張した面持ちでまいんちゃんを待っていた。部屋に閉じこもるようになってからはじめて時計を気にした。一日過ぎるのが待ち遠しくてたまらなかった。
『わたしあーいまーいまいん♪』
オープニングテーマがはじまる。村越は息を飲んだ。この歌も、もしかしてまいんちゃんが歌っているのだろうか。まいんちゃんの歌だと思うと、一生懸命な拙さがかえって味わい深く感じられた。
今日もまいんちゃんが元気よく料理をしたり、歌ったり踊ったりしているうちに料理が完成する。魔法のクッキングを終えたまいんちゃんが笑顔で決めポーズをする。
『みんなも作ってあらもーど☆』
試食をしたまいんちゃんが、「おいし〜い」と頬をほころばせる。その幸せそうな表情に、思わず村越も微笑んでしまう。
そして短いまいんちゃんとの逢瀬が終わった。村越は深く、長い息を吐いた。
まいんちゃんは『みんなも』と言った。その『みんな』というのは番組の視聴者全員のことで、中には自分も含まれているのだろう。
ということはつまり、まいんちゃんは自分に呼びかけてくれていたのだ! 震えが走る。
村越は立ち上がり、数日ぶりに服を着替えた。財布を掴んで外に出る。まだ夕日が輝く時間帯で、久しぶりに浴びるテレビ以外の光が、暗闇に慣れた村越の目に突き刺さるようだった。
『みんなも作ってあらもーど☆』
まいんちゃんがそう言ったから、だから。村越は今日まいんちゃんが作っていた料理を再現すべく、まずはスーパーへと足を向けるのだった。








2010/6/14
6/12のETUファン感謝デーにて、無料配布したコピー本に載せていたおはなしです。