夕暮れメロンソーダ







部活を終えた赤崎が、自転車を徐行ぎみに走らせながら商店街のコンビニの前を通りかかると、ちょうどガラス張りの自動ドアから聡美が出てくるところだった。
「「あ」」
お互いにすぐ気がついて、聡美は駆け出し、赤崎はペダルをこぐ足に力を込めた。
「ちょっ、コラッ、赤崎!」
仕事帰りらしいタイトスカートにピンヒールで、大人げなく全力で追いかけてくる。いくつになっても落ち着きのない人だ。でもなぜかそれが嬉しい。
「あーかーさーきーりょーうー!!」
大声で名前を呼ばれて、しかたなくプレーキをかける。このままスピードを上げても、聡美は元女子フットサル部の脚力を使って追いかけてくることだろう。
「なんなんスか」
自転車を停め、ヘッドホンを外しながら振り返ると、追いついた聡美は膝に手をついて息を整えていた。
「ちょっ……おま、マジふざけんなよ……」
さすがに自転車を追いかけるのはきつかったのか、肩を上下させている。身体の線に沿うスーツに、昔から変わらない外に跳ねた髪型。十も年上の彼女は、ついこの前まで制服を着ていたような気がするのに、赤崎が追いつくのを待たずにあっという間に大人になってしまった。
「スイマセンね。なんか追いかけられたんで、つい逃げました」
「少しは老体をいたわれよ」
軽口を叩いて睨みつけてくるけど、聡美は相変わらず瑞々しい肌をしていて、走ったせいでほっぺたが子供っぽく赤く染まっている。
赤崎は肩にかけている革の鞄を持ってやると、自転車の前かごに突っ込んだ自分の学生鞄の上に載せた。手に持っていたコンビニの袋も受け取ってハンドルに引っ掛ける。
「うしろ、乗っていいッスよ。家まで送っていきます」
「マージーでー? 気が利くじゃん」
聡美は嬉々として自転車の荷台に座った。さすがにタイトスカートでまたがるわけにいかないので、横向きに座って、赤崎の腰に手を回してくる。腹のあたりに目を落とすと、すっと伸びた、手入れされた爪や、細い作りの腕時計が見える。少し前までは、彼女の爪は短く丸く切られていたし、腕時計なんてつけてもなかった。ようやく赤崎が聡美が着ていたのと同じ中学のブレザーを着るようになったっていうのに、結局一緒に制服を着ることなんか一度もなかった。
「……今、仕事帰りッスか」
「そうだよ。今日はちょっと早め。赤崎は? 部活?」
「そうッス」
聡美と話すのは久しぶりだった。子供の頃は家が近所で、しょっちゅう遊んでもらっていた気がする。聡美がまだ制服を着ていた頃の記憶だ。それがいつの間にか、聡美はどんどん先に行ってしまって、疎遠になった。
「サッカー部だっけ。お前昔から好きだったもんなあ」
聡美が遊んでくれるとき、いつもサッカーボールを転がしていたからだなんて思いつきもしないらしい。能天気そうな声が恨めしい。首にひっかけたヘッドホンを妙に重たく感じた。
聡美を乗せているぶんペダルは重たくて、ぐらつかないようにハンドルを握る手にもしっかりと力を込めなければならなかった。でもそんなこと気が付かれないように、なんでもないふうに自転車を進ませる。
「いーなー。学生に戻りてぇよ」
「仕事、大変なんスか」
「それなりに、ね。大人だから」
大通りの角の前に来たとき、聡美の手が、赤崎の腰を掴みなおした。曲がるときに落っこちそうになるからだろうか、ぴったりと体をくっつけて、体重をかけてくる。背中に温かくやわらかい感触があった。
「……なんか、当たってるんスけど」
言わずにはいられなくて、赤崎は低い声を出した。
「当ててんだよ」
聡美が返してくる声は普通だ。まるで意識してるのが自分だけみたいで恥ずかしい。
聡美の家まではあと少し。背中が気になって気になって、早くついてほしいような、まだ遠回りしてしまいたいような、うらはらな気持ちだ。
夕焼けに住宅街の道が染まる。自分の顔がほんのり赤い気がするのもきっとそのせいだ。








2011/10/22
2011/10/11の日記より。
おれたちのまぶしいマドンナ・聡美と、子供のころから聡美にロックオンされてるりょうくん。