寒椿の赤、フリージアの赤







静かな吐息が頬に触れる感触で目を覚ました。
ジーノがぴくりと眉根を寄せると、気配は慌てたように後ろに引っ込み、遅れてどすんと鈍い音がした。
「・・・何してるの、バッキー」
ベッドの下には、尻餅をついた椿がいた。
パジャマの上しか着ていないから、サッカー選手の商売道具である足が剥きだしになっている。
ピンクのウサギ柄のパジャマは、村越のサイズに合わせてジーノが買ってきたものだから、
椿の体格では肩や裾がやや余ってだぶついている。
「あ、いや、王子、寝てるなあって・・・」
「君のせいで起きちゃったけどね」
「す、すいません・・・」
忠実で単純な飼い犬は、すっかり小さくなってしまっている。
垂れたしっぽが見えるみたいだ。
「ボクまだ眠いんだからおとなしくしててよ」
ジーノは寝返りを打って椿に背を向けた。
隣には眠りにつく前、散々かわいい声で啼いていた村越が規則正しい呼吸で眠っている。
せっかく彼のたくましい腕を枕にしているというのに、すぐに起きてしまってはもったい。
「バッキーももう少し寝なよ」
椿は大人しく従って、村越を挟んでジーノとは反対側に横になった。
あわあわと目を泳がせてから、村越の胸元に擦り寄る。
その躊躇いがちな、もの慣れない様子がジーノには可笑しくてたまらない。
一晩を共に過ごして朝を迎えた相手なのに、一体何を遠慮することがあるのだろう?
腕を伸ばして寝癖でくしゃくしゃの髪を撫でてやると、ジーノの忠犬が口を開く。
「王子、いつの間に来たんですか?」
「君が寝ている間に」
実際、椿はよく寝ていた。
すぐ真横で村越があんなにあられもなく喘いでいたというのに、目を覚ましもしなかったのだからたいしたものだ。
もっとも、本人は必死に声を抑えようと徒労に終わる努力をしていたけれども。
「昨日の首尾はどうだったの?ちゃんとコッシーを喜ばせてあげられた?」
「お、王子!」
赤裸々な問い掛けに、椿が慌てた声を上げる。
「しっ、大きい声出したらコッシーが起きちゃうでしょ」
君の相手して、ボクの相手もして、コッシーは疲れてるんだからね、と気遣いのようなことを言う。
しかしそもそも、まどろみの中にいた彼を起こして疲れるようなことをさせたのはジーノなのだった。
「それでどうだったの?」
促すと、椿は重い口を開いて返事をした。
要領を得ない話を総合すると、おそらくうまくできたけど全部村越のリードだった、というところらしい。
せっかく先週、椿に男でもインサートされて快感を得られることを実地で教えてあげたというのに、功を奏さなかったようだ。
「まあバッキーはそれでいいよ」
予想通りの回答に、ジーノは長いまつげに縁どられた目を閉じる。
そして村越の肌のにおいを嗅いだ。
女の子の甘いような体臭とは違う、男くさいけれどもとても落ち着くにおいだ。
この彼の安心感と真面目さにつけこんでみんなが甘えるから、
少し前までの彼はばかみたいに全部自分で背負おうとしてしまったのだろう。
不器用すぎて哀れな男だ。
たまには誰かに組み敷かれて、自分を見失うくらいでちょうどいい。
それに、頼りない生き物をかわいがるのも、彼の健全な精神を維持するのに効果的な気がする。
つらつらとらしくないことを考えていたら、目が冴えてきてしまった。
村越の唇にちゅっと音を立ててキスをして、ジーノは起き上がった。
椿もつられて顔を上げる。
「王子?」
「なんか眠くなくなっちゃった。朝ごはんにしよう」
ジーノはクローゼットから置きっぱなしにしてある服を取り出して手早く着替え、
それからまだやすらかに寝息を立てている村越に毛布をかけてやった。
「いい奥さんっていうのは味噌汁を作るものなんでしょ?」
別にいい奥さんになろうなんて気はさらさらないが、村越はそういうことにこだわりそうだ。
たまには乗っかってみるのも悪くない。
ジーノはキッチンにやってくると、椿と二人して勝手に冷蔵庫を物色しはじめた。
「意外とたくさん物が入っているんだねえ。野菜室なんてほら、いっぱいだよ」
ジーノの感嘆に、椿が頷く。
「ごはんも冷凍されてますよ、コシさんって自炊してるんですね」
「いい奥さんになれそうだね」
村越には良妻賢母という単語がしっくりくる。
二人の脳裏には、割烹着でてきぱきと家事をこなす村越の姿が浮かんでいた。
ひとしきり妄想を楽しんだあと、ジーノが重大な問題を提示した。
「ところでバッキー、味噌汁ってどうやって作るか知ってる?」




しばらくのち、ジーノのねばっこいディープキスで起こされた村越は、二人が味噌汁と称する謎の液体を飲まされた。
マグカップに入ったそれは、確かに熱湯に味噌を溶かしたものという意味では味噌汁だったが、
村越にはとうてい味噌汁とは認められないものだった。








2010/2/20
続きの続き・・・みたいなかんじです。
椿視点、しげゆき視点、王子視点でぐるっと回ってジノバキコシ。
三角関係ではなく3Pなので、この人たちはお互いに嫉妬とかは感じないみたいです。
3人の中でいちばんものごとを考えている(?)のが王子みたいになっちゃってびっくりしました。