はじめて好きになる人







未成年の飲酒は禁止、破ったら試合には出さないときつく言い渡されてきたから、
椿がはじめて酒を飲んだのは本当に二十歳を過ぎてからだった。
サテライトから上がってきて何度目かのチームの飲み会で、椿は慣れないアルコールで気分を悪くした。
周囲に断って席を立ち、トイレに駆け込む。
頭がガンガン痛むし、胸やけがして気持ちが悪い。
けれども吐ける気がしない。
椿はトイレの個室にしゃがみこんで洋式便器と向かい合ったまま、
どうすることもできずに吐き気がやってくるのを待っていた。
宴もたけなわ、新人がひとり戻らなくても誰も気にすることはないだろう。
自分がいないことなど忘れて、みんなで盛り上がってくれていればいい。
そう考えていたとき、個室のドアがノックされて、椿は飛び上がって驚いた。
「椿?いるか?」
村越の声だった。
さすがキャプテンといったところか、どうやら椿が中座するのを気にかけていたらしい。
椿はかすれた情けない声で返事をした。
「はいぃ・・・」
「大丈夫か?」
「あ〜、大丈夫、ッス・・・」
椿はのろのろと立ち上がり、ロックを外してドアを開けた。
せっかく楽しんでいるところに、心配をかけてはいけない。
「顔色が悪いな。吐いたか?」
黙って首を振り、立ち上がったらなんだか蛍光灯が近い。
その光がやけに眩しくて、椿はふらついて壁に手をついた。
自分の足がうまく体重を支えてくれない。
おかしいな、と思うけれども当たり前のことが上手くできなかった。
「吐いとけ。楽になるぞ」
村越は椿の体を支えるようにしてしゃがませると、便器の前でためらいもせずに思い切り椿の口の中に指を突っ込んだ。
舌の奥が痺れるほど強く押されて、あ、吐く、と思う間もなく胃が痙攣して嘔吐した。
一度吐き始めてしまえばあとは簡単で、えずくたびに戻した。
その間じゅう、ずっと村越は背中をさすってくれていた。
背中に感じる村越の手は、大きくてあたたかくてやさしかった。
吐き気がおさまって水を流したあと、荒い呼吸をしている椿のうしろで、村越は手を洗っていた。
村越の手は、爪が平たくて、指が太い。
あの指が自分の口の中に入ってきたのだと思うと、不思議な興奮がやってきて、椿の背筋はぞくりと震えた。
「おい、立てるか」
差し出された手を握って椿は立ち上がった。
手のひらはやっぱりあたたかくて、厚みがある。
まぎれもない男の手だ。
けど、ずっと握っていたいとおもうのはどうしてだろう。
ふらつく背中を村越に抱かれながら、椿は口をゆすいで手を洗った。
瞼が重たくなってきて、なんだかよくわからない。
紙で手を拭くところまで、村越がやってくれた。
「今日はもうお開きだけど、お前、自分で帰れるか」
素面のときに聞かれたら、絶対に首を縦に振っていただろう。
けれども今は、このまま彼の腕に甘えていたかった。
返事をしない椿に、村越はしかたねえなとつぶやいた。
椿は自力で歩くことをほとんど放棄していたから、かつがれるようにして外に連れ出された。
「椿大丈夫ッスか」
「結構飲んでたもんな」
「吐いたから平気だろ。俺が連れて帰るよ」
「タクシー捕まえます?」
「ボクが乗せてってあげるよ。飲んでないからね」
「頼む」
「椿の荷物これッス。すいませんがコシさん、よろしくお願いします」
何人かのチームメイトの声が聞こえる。
どうやらこのまま連れて帰ってもらえるらしい。
安心感で、ますます瞼が重くなる。
どうせならこのままずっと、この腕に支えてもらっていたかった。
車の座席に横たえられ、今度は頭を膝に乗せられた。
引き締まって硬い太ももの感触と、やさしく頭を撫でられる感覚。
俺のうちに泊まっていけ、と村越が言ったのまでは覚えているが、そのあとすぐに椿は意識を手放していた。
「バッキー、寝ちゃった?」
「ああ」
「ふふ、いいものがお持ち帰りできたね」
「馬鹿言え」
「そう?ボクはバッキーのことすごく気に入っているけどね。君もそうなんじゃないの?」
「どうだか」
明日起きたら、まず村越に謝って、お礼を言わなくちゃいけない。
それからあの、村越の手を離したくなかったあの気持ちについて、ゆっくりと考えたい。
とりあえず今は、ジーノの運転する車の緩やかな振動で、心地よい眠りについていた。
無名の新人選手にしては破格の贅沢の、頼れるキャプテンの膝を枕代わりにしながら。








2010/5/5
スパコミでお知り合いのかたにこそっと押し付けたペーパーに乗せていたおはなしその@です。
バキコシです。椿がげろを吐く話です。
私はジノバキコシ3P推奨なのですが、
いかんせん私の残念な脳みそでは3人いっぺんに登場するおはなしが書けないみたいです。
同情してください。