ぐりこ・ちょこれいと・ぱいなつぷる







「丹さんと堺さん、来ませんね」
待ち合わせは丹波の最寄り駅で、石神と堀田と四人で飲もうという話だった。珍しく石神が時間どおりに現れたっていうのに、これもまた珍しいことに丹波と堺が揃って遅れている。石神はいつもの自分のことなどなんのその、棚に上げて、改札前にしゃがみこんでぶうぶう文句を垂れている。広くてがらんとした地下鉄の改札口、暇つぶしになるようなものもなにもない。
「もういーじゃんここ寒いし。先に店行っちゃおうよ」
「もうちょっとで来るってメールきてますから」
えー、とおとなげなく不満そうに唇をとがらせる。しかたない人だなと苦笑していると、地面をじっと見つめていたいきなり石神が立ち上がった。
「堀田くん、グリコしよう」
「グリコ?」
わからなくて聞き返す。
「あのじゃんけんして、ぐ、り、こ、とか、ぱ、い、な、つ、ぷ、る、とかの」
ああ、あの子供の遊びか、と思い当たる。いい年した男がふたりですることじゃないけど、ひと気もないし、退屈そうな石神を見たら付き合ってもいいような気になった。
「いいですよ」
「じゃあこのマス目いっこで一歩ね。ちょっと小さいけど」
足元を見ると、自分の靴が3分の1くらいはみ出す大きさのタイルが並んでいる。クリーム色のがしばらく並んで、たまに薄紫のが一直線に混ざる。
「ここの紫のとこがスタートね」
普段は気にも止めない色の違いに意味が生まれる。そういうのは新鮮で、おもしろい。紫色のタイルに、石神と一緒に靴先を並べる。
「はい、じゃーんけーんほい」
掛け声に合わせて、堀田はチョキを出した。石神はグー。
「よっしゃ」
石神は素直に笑って、ぐ、り、こ、と声を出しながら、タイルに歩幅を合わせてちまちまと歩みを進める。石神の、くたびれたオレンジ色のスニーカーが、数十センチばかり堀田をリードする。
「次ね、じゃんけんほい」
今度は堀田がパーで、石神はまたグーだった。ぱ、い、な、つ、ぷ、る、で石神を追い越す。
じゃんけんほい。ぐ、り、こ。
じゃんけんほい。ち、よ、こ、れ、い、と。
じゃんけんほい。あいこでしょ。ぱ、い、な、つ、ぷ、る。
近づいたり、遠ざかったり、追い抜かれたり、追い抜いたりを繰り返して、いつの間にか石神よりずいぶん先に進んでいた。石神はなかなかそこから動かなくて、進んでもぐ、り、こ、の三歩で、堀田ばかりがどんどん行ってしまったのだ。
「堀田くんつよーい」
石神が笑う。きゅっと細めた目、遠ざかった距離がなぜだか淋しいのは堀田だけみたいで不安になる。ただの遊びなのに、ぐりこ、とか、ぱいなつぷる、ののんきな声に合わせて、少しずつ遠くなるのが怖い。
「ガミさんグーばっか出しすぎなんですよ」
「じゃあ堀田くんチョキ以外で負けてよ」
軽口の押収のあとで、よーしじゃあおれ本気だしちゃうから。と強い視線を寄越す。本気もなにもじゃんけんだ、本気だしたらどうにかなるものだろうか。
じゃんけんほい。あいこでしょ。ち、よ、こ、れ、い、と。
じゃんけんほい。ぱ、い、な、つ、ぷ、る。
じゃんけんほい。ぐ、り、こ。
さっきより、じゃんけんほい、の石神の声が大きい。今度は堀田は動かない、代わりに石神がぐんぐん近づいてくる。
「だいぶ近づいたね」
石神は楽しそうだ。もうすぐ手が届く距離。近づかれると、今度は落ち着かなくて、絶対に負けたくないと思ってしまう。
「いくよー、じゃんけんほい!」
ぱ、い、な、つ、ぷ、る、で近づいてくる石神、とうとうすぐ横に並んだ。はやく、次を、勝たなくては。
「やっと追いついた」
至近距離の笑顔にたじろぐ。あ、とおもうともなく肩を掴まれて、唇にキスを落とされる。
「な……にするんですか」
「えー、だれもいないよ」
そういう問題じゃないです、と言うと、じゃあどういう問題? なんて、屁理屈のきざし。
「おれが遠くに行っちゃって、淋しそうな目、してたくせに」
図星をさされて、言葉につまる。と、改札のほうに人の気配、電車が来たみたいで、たくさんの人が改札口から排出されてくる。その中に丹波と堺もいた。遅れてわりぃ、いやこいつがモタモタしてて、なにいってんだお前だろ、という簡単な挨拶。
「なんでお前ら、そんな改札から遠いとこにいたの」
丹波に問われて、堀田は答えに窮する。
「ひまだからグリコしてた」
石神はするりと答える。あーなつかしいことしてんな、と、堺はわりとふつうの反応だ。
それから歩き出して、今から向かう飲み屋の話になって、さっきまでのなぜか切なかったり、甘やかだったりといったきもちはすぐにどこかへ霧散する。
でも堀田の気持ちなんか簡単に石神に見透かされてること、その証拠だけは唇の上に感覚が残っている。








2011/12/22
グリコなどをして。