I've got you under my skin







村越が黙って本を読んでいるので、椿は退屈しはじめていた。
一人掛けのソファに深く体を沈めた村越は、普段はかけていない細いふちの眼鏡をかけて、
きれいなグリーンの装丁の、難しそうな本に目を走らせていた。
はじめはテレビを見たりして退屈をしのいでいたけれど、もう限界だった。
けど、邪魔をしてはいけないともおもう。
眼鏡をかけた彼はまるでいつもとは違って、そう、なんとも稚拙な発想だけれども、頭がよさそうに見えた。
いつも皺が寄っているような気がする眉間もおだやかだし、目付きもやさしい。
いい夜だと思った、自分の体にそわそわと落ち着かない熱が潜んでいること以外は。
「どうした?椿」
村越を観察しながら犬みたいにうろうろしているのに、気が付かれてしまった。
読みさしの本にしおりを挟んでテーブルに置くと、村越は椿に手招きした。
やさしい仕草だった。
おずおずと近付くと、逞しい腕がぐっと腰をつかむ。
狭いソファの上で、ほとんど村越の膝にまたがるように抱き寄せられた。
「退屈したか?」
「あ、いえ、その」
正直、村越がかまってくれなかったのはつまらなかった。
けど、そんなことは言えなかった。
王子みたいに自由奔放に、わがままを言ったりできない。
村越は椿の首筋に顔を寄せた。
そのあたりのにおいでもかいでいるのだろうか、村越の静かな吐息が何度もそこに触れて、
そのたびに椿の全身はぞくぞくと粟立った。
それからやわらかく、軽い音を立てて唇が触れる感触。
少しずつ位置をずらして、それは何度もぶつかってきた。
たまにあたたかくぬめった舌と、噛み付かれて吸われる甘い痛み。
村越に抱きしめられたままおとなしくしていると、よくこんな愛撫を受ける。
どうやら村越はこれが好きらしいと気が付いたのはごく最近のことだ。
顔が見えないほど近付いた距離で、村越の男らしいにおいと硬く引き締まった肉体を感じる。
今自分を力強く抱いている腕が、セックスのときは自分にすがりつくために使われるのだ。
今はまるで子どもがお気に入りのぬいぐるみにするように椿に頬を寄せ、舐め、噛みつき、
よだれでべたべたにしているけれども、ひとたびはじまってしまえば、椿の下で村越は甘い声をあげるのだ。
そのことを思い出すと、椿の躾の悪い下半身はどうしようもなく熱くなった。
いけないと思うのに、この密着した状態ではなにも隠しようがない。
「こ、コシさ……」
椿の様子がわかっているのかいないのか、村越は椿のシャツの裾から手を入れて背中を撫で回しはじめた。
大きな手のひらが触れた場所から、自分の体が別のものになっていく。
自分ではコントロールできないけだものが目を覚まし、椿の全身を乗っ取る。
そしてそのけだものは、村越を欲しがってすぐに暴れ回るはじめるのだ。
「あ…の、コシさん、おれ、もう……」
切羽詰った声で椿が言うと、村越は顔を上げ、椿と目を合わせた。
村越も、目元がすこし赤らんで、いつもとは違う緊張が頬に宿っていた。
彼もまた、明らかに欲情しているのだとわかる。
ゆっくりとまぶたを閉じるので、椿は吸い寄せられるように唇を重ねた。
まるでやわらかいところなんてなさそうな、男の中の男みたいな人だけれど、
椿は村越のやわらかいところを3つ知っている。
ひとつは今重ねている唇、もうひとつは村越の中、それから最後のひとつは目には見えないものだ。
3つ目はジーノの受け売りだ。椿にはまだよくわからない。
でも最初のふたつのことは椿だってよく知っている。
唇をおもうさま食み、舌を割り込ませ、村越の口の中を探る。
歯の裏の弱いところをするりと撫でると、背中に回った腕に力がこもった。
村越の鼻から甘えた息が漏れると、もう部屋の中はすっかり湿っぽく淫靡な色に染まっていた。
「……ベッドに、行くか」
村越が言ったのはまるで独り言のようで、頷く前に椿の体はもう動いていた。




ベッドに辿り着く前に、あまりに切羽詰まって歩きにくそうにしている椿の様子を見かねた村越が、手でいかせてくれた。
ルームウェアのゆったりとしたパンツのゴムをかいくぐり、村越の大きな手のひらが椿のものを包む。
村越の手は、大きくて厚くてしっかりとした感触で、とても気持ちがいい。
自分の手の、何十倍も何百倍も気持ちいい。
それに、あまり丁寧ではないそのやり方で、村越が自慰をするときもあるのかと想像すると背中がぞくぞくした。
それこそ、想像だけで射精してしまいそうなくらい。
「コシさ…おれ、もっ……!」
何度か擦られただけであっけなく椿は達した。
息を整えている間に、村越は椿のパンツから引き抜いた手を眺めていた。
受け止められた白濁が指の間を通り抜け、日焼けした手の甲を伝うのがいやらしくて、
椿は慌ててそれをティッシュで拭った。
本人はまるで気にしていないふうで、若いな、と呟いただけだ。
焦る椿は村越に見つめられてますます羞恥心をつのらせた。
ちょっと触られただけですぐにいってしまうなんて余裕がなさすぎる。
ちょっと近づいて彼を感じただけでこんなふうになってしまうなんて。
ぐったりと床に座り込むと、村越が腕を引く。
「立てるだろう」
言われた通り、ベッドまでの距離を歩けるくらいにはなっていた。

村越の寝室にある家具といえばベッドだけで、あとは備え付けのクローゼットがあるくらいのものだ。
王子が注文したというやたら大きなベッドは、この部屋の主人は自分だとでもいいたげだった。
寝室に入るだけで椿は緊張する。
ベッドの大きさが、そのまま欲望の大きさみたいにあからさまだから。
椿がもぞもぞと服を脱いでいる間に、村越は先にベッドに横たわった。
慌てて追いかけて、村越の上に覆いかぶさる。
薄暗い部屋のベッドに横たわる彼を、まじまじと見下ろした。
短く刈られた髪、眉は凛々しく、引き締まった頬にうっすらと残る髭のあと。
顔の作りも体の様子も、今まで好きになったどんな女の子とも違っている。
どこからどう見ても村越は男なのに、村越だというだけでこんなにも椿は興奮する。
見つめればみつめるほど、これから自分の特別な人に触れるのだという期待と畏れで胸が詰まった。
不意に村越が、しないのか、と尋ねるように視線を動かした。
まだ少年の風情が残る頬をするりと撫でられる。
椿がびくりとしたのがわかると、そっとまぶたを閉じた。
村越は待ってくれる。
椿が自分から触れたがっていると知っているから、そうするのを待っていてくれる。
こういうときにだけ見せる、村越の無防備な表情はまるきり本心で、
心でも体でも椿の全部を受け止めてくれるのだ。
そんな村越の余裕も全部ひっくるめてたまらなくなった。
村越の愛想のないシャツをめくって、筋肉の隆起がわかる腹に直に触れた。
少しの衝撃じゃびくともしなさそうなそこから、胸まで撫で上げる。
「コシさんのおっぱい、おっきい…」
「ばか、何言ってんだ」
頬擦りをし、両手で撫でまわしていると、乳首がつんと立ち上がって存在を主張する。
ちらりと村越の顔を見上げると、くすぐったそうに口もとを緩めてた。
顔を寄せて乳首をちゅ、と吸う。
乳首の標準サイズなんて知ら無いけれど、村越の乳頭は男にしては大きいほうだとおもう。
舌に感じるコリコリした触感が心地の良くて、何度も舐め、舌をこすりつけた。
片方を吸いながら、もう片方を指で弄る。
「ん……っ」
摘んだり、爪の先でつつくと、たまに村越がこらえきれない吐息を漏らした。
乳首で感じる村越がかわいくて、もっと声を聞きたくて、椿は執拗にそこを弄った。
「ふっ……ん、う、」
自分の拙い愛撫で村越が感じるというのは、のぼせあがってしまうほど、この上ない喜びだ。
いつも椿のほうが切羽詰って余裕がないのだから。
そのうちに村越の手が伸びて、額を押さえられた。これでは口を離すしかない。
「コシさん」
しつこかったのか、嫌がられたのか、椿はしょんぼりした。
犬だったら耳がぺたんこになっているだろう。
「そんなにしたら、明日痛い」
甘えた声だった。
たちまち元気を取り戻す椿の耳元に顔を寄せて、
「それよりはやく欲しい
とささやいて誘う。
彼の肌の火照りをいまさら感じる。
そうされたら、椿の理性なんかもうひとたまりもない。
そもそもそんなものははじめからなかったのかもしれない。
心臓が壊れたみたいに早鐘を打って、期待と緊張で腰が砕けてしまいそうだ。
椿は村越の唇に、乱暴に噛み付いた。
はやる気持ちにようやく体が追いついて、あらわになる瞬間だった。

「ちょっと待ってろ」
絶妙のタイミングでおあずけを食った。
椿は仕方なく、飼い主に忠実なことだけが取り柄の犬みたいにベッドの上に正座した。
それでも落ち着かなくて、体が小刻みに体が揺れる。
村越は今、椿をうけいれる準備をしている。
ぬるぬるしたローションを手に取り、そこに指を埋めていく。硬いつぼみがほころんで、
やがてやわらかく椿を迎え入れることを、椿はもう知っている。
自分で準備をする村越の姿はとても淫靡で、椿の呼吸は見ているだけでどんどん浅くなっていった。
指を抜き差しし、えぐるようにひろげる手つきはまるきり慣れている。
「コシさん、自分ひとりのときも、そうするんですか?」
思わず聞いた。
村越はかっと顔を赤くして指を止めた。
ローションで濡れたそこからゆっくりと指を引き抜く、顔は下を向いたままだ。
「そ…んなこと、きくな」
落ち着きなく掠れた声で、恥ずかしそうにする。
あんなふうに頬を染めて、困ったようにまぶたを伏せているのなんか、はじめて見た。
いや、はじめてのはずなんかないのだけれども、とかく余裕のない椿は、全てをはじめてのことみたいにおもう。
「コシさん……っ!」
おあずけの状態から、よし、の合図はでていなかったけれども、椿は村越に飛びかかった。
仰向けに押し倒して、足の間に体を入れる。
そしてローションのぬめりに助けられながら、出来る限りゆっくり、村越の中に押し入った。
「あ、あ、コシさんの中、熱い…」
狭い入り口からなんとか入り込むと、中はやわらかく椿を迎え入れてくれる。
村越にはやわらかい場所が3つあって、そのうちのひとつを椿は犯している。
もうこれ以上はいけないんじゃないかという奥の奥まで村越は許してくれる。
村越の体が慣れるまで、我慢しなくてはと思うのに、腰が勝手に揺れる。
見れば村越は痛みに耐えるように歯を食いしばっていて、椿はそれに気が付くと村越の頬を撫でた。
「コシさん、息、いき、ちゃんと息して」
ともすれば動いてしまいそうになる体を必死に抑えて、村越に促す。
村越は椿の視線を受け止め、彼の首に腕を回した。
耳元に触れる呼吸音。
は、は、と短い息をついたあと、鼻にかかった甘い声で、つばき、と呼ばれたら、胸がきゅんとして、
そのまま下半身に直結して、もうどうしようもなくなってしまう。
「コシさぁ …ん」
引き抜き、また奥までえぐる。
ぐちゅぐちゅと響くローション音の間隔がどんどん短くなって
いく。
たまに漏らす村越の声が、椿の背中をぞくぞくさせながら駆け抜ける。
自分の下半身の動きがちっとも抑えられない、いうことを聞かない。
「きもちぃ……です、コシさんっ!」
ひときわ大きな声で村越の名前を呼んだとき、椿は達した。
村越の中を深く貫き、そのやわらかい場所に、自分の欲望を撒き散らした。
そしてすぐに、まだ村越がいっていないことに焦り始める。
息をつく間を与えずに、再び律動をはじめる。
「コシさん、コシさんも、きもちいいとこ、おしえてください」
村越は返事をしなかったけれども、浅い場所に、突くとあきらかビクビクと反応するポイントがあって、
それに気が付いてからは執拗にそこを攻めたてた。
「椿ッ…つばき、そこ、あッ……!!」
あきらかに村越は余裕を無くしていた。
あけっぱなしの村越の唇の端から唾液が零れる。
村越が、自分のすることで感じている、その充実感で全身が震える。
椿の肩にきつくつかみ、腹筋を痙攣させながら射精したとき、椿も三度目の絶頂を迎えていた。

椿の欲望の赴くままに何度も付き合わせたから、村越は気を失うように眠ってしまった。
大きなベッドの大きな布団を不器用にたぐりよせ、村越の上にに掛ける。
それが椿の精一杯のホスピタリティだった。
瞼を閉じた無防備な姿は、村越をどこか幼く見せた。
髪に触れると、手の平をちくちくとくすぐる。
眠っている彼ならば、体のどこでも、いくらでも触れることができる。
椿の知っているかぎり、村越にはやわらかい場所が3つあって、
それは唇と、体のおく、そして目に見えない場所だ。
3つ目のやわらかいそこにはまだ触れたことがないけれども、どうしたら叶うだろう?
きっと村越は触れられることを恐れている。
それとも椿が気がついていないだけで、もう許されているのだろうか?
3つ目のやわらかい場所を、村越が明け渡してくれる日を夢見ながら、
とりあえず今夜はただ彼のたくましい体に寄り添って眠ろう。
それはおそらく、椿だけに許された特権なのだから。








2010/6/2、6/27の日記より。
バキコシえろに果敢にトライするも、くずおれました。
しげゆきが全然気持ち良さそうじゃないよ。
でも椿早漏しげゆき遅漏で受よりも喘ぐ攻、というのが好きだからこうなったのかもしれんと思った。
あと、しげゆきの眼鏡は途中でどっかいった。