ちいさいしげゆき







今日もちいさいしげゆきは元気にクラブハウスをちょろちょろしている。
チームメイトたちは、それをほほえましく見守っている。
基本的には『おにいちゃん』である椿にくっついて回っているのだが、
今、椿は広報の有里に呼び出されてどこかに行ってしまった。
そしてなぜかロビーで赤崎とふたりきりになっている。
ちいさいしげゆきはちょっぴり緊張していた。
一番懐いている椿や、遊び上手の世良や宮野と違って、赤崎はいつも怖い顔をしているし、遊んでくれたこともない。
ちいさいしげゆきはあまり表情の変わらない子供だけれど、赤崎には若干名びびっていた。
赤崎も赤崎で、この前まで自分たちのキャプテンだった人が突然子供になってしまって戸惑っていた。
ただでさえ子供の扱いは苦手だから、他のチームメイトたちみたいに割り切って子供扱いすることにも違和感がある。
だから帰りがけに椿につかまって、すいません、ちょっとコシさんのこと見ててください、
と頼まれてしまったとき、内心困惑した。
それまで出来るだけ関わることを避けていたから、なおさらだ。
かたや緊張する子供と、困惑する大人。そんなふたりの気まずい時間がロビーに流れている。




赤崎は面倒くさいので、ちいさいしげゆきをほったらかすことにした。
子供といえどそこそこしっかりしているようだし、目さえ離さなければ大丈夫のはずだ。
半ば自分に言い聞かせ、ヘッドホンを付けて手持ちの雑誌を開いた。
一方、ちいさいしげゆきは、ロビーの椅子の間をちょこまかと歩いて、一番大きいソファによじのぼるようにして座った。
それから座をあたためることもなくぴょこんと立ちあがり、
赤崎の足元においてあったくまちゃんのリュックサックから絵本を引っ張りだす。
それを抱えて、またソファに乗っかった。
マジックテープの靴を脱いでていねいに揃え、正座する。
かと思うところん、と横になって足をばたつかせる。
また起き上がって座りなおすと、座っているというよりほとんど埋まっている状態になった。
あのソファはわりかしぼろいけれどもふかふかなのだ。
それからちいさいしげゆきは絵本を広げた。
表紙を見ただけでそれと知れる、なんだか二匹のねずみみたいなのが、おいしそうなカステラを作る絵本。
赤崎も読んだことがある、有名なやつだ。
と、ちいさいしげゆきが、ちらりとこちらを見た。
赤崎がこちらを見ていることを確認すると、ぱっと絵本に視線をおとす。
それからまた、顔を上げてこちらを見た。
ほどよく赤崎と距離をとっているけれども、こちらを気にしているということらしい。
赤崎はあえてそれを無視して、自分の雑誌を読むふりをした。
するとちいさいしげゆきは、じぃっとこっちを見ているようで、視線を感じてくすぐったい。
けれども気が付いていないふりで通す。
しばらくすると、ちいさいしげゆきはソファを降り、ロビーの中をうろうろしはじめた。
どうやら椿に『ここにいてくださいね』とでも言われているらしく、この真面目な子供はロビーの外には出ようとしない。
でも廊下のほうを見てきょろきょろしたり、かと思うと窓のほうへ行ったり、
ソファのところに戻ってきて絵本を開いたり閉じたりしている。
退屈なのだろうか。
落ち着きなく動き回るさまをぼんやり赤崎が眺めていると、丹波が通りかかった。
「あれ、赤崎なにしてんの」
丹波とはだいぶ前にロッカールームで別れた。
それなのにまだクラブハウス内に残っているのを不審に思ったのだろう。
「あー、あれっスよ、コシさんのお守りでつかまって…」
「そりゃラッキーじゃねぇか」
 ちいさいしげゆきはいつも椿にべったりだから、確かに一対一でちょっかいをかけられる状況は珍しい。
けれども戸惑うばかりの赤崎には、ラッキーでもなんでもない。
「いや、正直どうしたらいいかわかんねッス」
赤崎が正直に述べると、丹波は軽く笑って流した。
ちいさいしげゆきは、遠くからふたりが話しているのを見ている。
「あれ?なんか…」
丹波がちいさいしげゆきに近付く。
ベテラン陣の中では、丹波は比較的ちいさいしげゆきに警戒されていない。
笑顔が多いから怖くないし、へんなこともされたことがないから安心なのだろう。
これが堺だと顔が怖いらしく若干怯えるし、石神だと激しく警戒心をあらわにする。
「コシさん、もしかしてトイレいきたい?」
丹波がしゃがみこんで聞くと、ちいさいしげゆきはぐっと頷いた。
頼りなげな声で、おしっこ、とつぶやく。
丹波は赤崎を振り返り、
「バァカ赤崎、気がついてやれよ」
「んなこと言われても…言われなきゃわかんねっスよ」
「子供なんだからしょうがないだろ?ほら、連れてってやれよ!」
と、赤崎はちいさいしげゆきを押し付けられた。
ちいさいしげゆきが、こわごわと赤崎の手を握る。
ちいさい手のひらは、汗でじんわりと湿っていて、自分の手よりもずっとずっとあたたかかった。
「ほら急げー!」
半笑いの丹波が、ちいさいしげゆきのちいさい背中を押す。
ちいさいしげゆきは早足で―――といっても赤崎の歩幅からしたらちっとも早くないのだけれども―――赤崎の手を引っ張った。
無事に用を足してトイレからでてきたちいさいしげゆきは、赤崎を見上げて真面目な顔で深々とおじぎをした。
「ありがとう、あかさきのおにいちゃん」
赤崎は思わず、ロビーに戻る道のりでも自主的にちいさいしげゆきの手を握った。
ちいさな手はやわらかくてあたたかくて気持ちがいい。
そのあとロビーに戻ったふたりは、ふかふかのソファに並んで座った。
途中で絵本に飽きたちいさいしげゆきは、赤崎によっかかって眠った。
そろそろと髪を撫でてみると、指どおりのすべらかな、やわらかい感触だった。
赤崎はそうして椿が迎えに来るまでの時間、ちいさいしげゆきとしずかでおだやかな時間を過ごしたのだった。

おしまい








2010/10/27
2010/8/29のグッコミで出したペーパーより。
赤崎としげゆきの組み合わせは時折書きたくなります。